宿泊業界の定年は何歳?
混沌とする日本の定年制度
先日、大手飲料メーカーが「45歳定年制度」導入の提言をし、45歳を超える社員や一般民間人への不安を煽ったことが話題となりました。労働力不足を補うため、政府は本年4月に、改正高年齢雇用安定法を施行し、65歳までの雇用確保義務に加え、70歳までの就業確保の努力義務を設ける、という流れに沿わなかった事も、反発を大きくした要因と思われます。
若い方には遠い将来のことでいまいちピンとこない話題かもしれませんが、自身の職場の社員構成や自分に与えられる仕事の役割や責任の範囲に直接大きく影響する問題です。
日本の特色として終身雇用制度というのがあります。これは、同一企業で業績悪化による企業倒産が発生しないかぎり定年まで雇用され続けるという、日本の正社員における雇用慣習です。この制度は、高度成長期のピラミッド型の人口構成では耐えうるものの、逆ピラミッド型へと変移しつつある現代には維持が困難であるとして、経営者達は雇用制度の抜本的な見直しに迫られ、組合との対立を募らせている状況にあります。そして定年引き下げには触れずに早期希望退職者を募る企業も増えています。要は、一つの会社で働き続けることは難しく、でも労働人口は減る為、一人一人には長く働いてもらわないといけない、という混沌とした状況にあります。
今、世界ではⅮⅩ実現を焦点に、技術革新と産業の栄枯盛衰が同時に加速化しており、同じ企業どころか同じ業界で定年まで勤める事すら難しくなっていきます。そのような状況では、若いうちからキャリアデザインすることが大事であり、自身が従事する業界は何歳まで働けるのか、を把握しておくのも重要なことです。
宿泊業界の定年
2017年と少し前のものになりますが、厚労省が直近で行った定年制度に関する調査結果(※1)では、宿泊・飲食も、他業界と同様に60歳定年制が多数派です。(グラフ参照)
しかしながら、定年制を敷いている企業の中で60歳を定年としている割合は、全産業の平均が79.3%であるのに対して宿泊・飲食業は64%となっています。これは、宿泊・飲食業では61歳以上を定年としている企業が多いことを示します。ちなみに、65歳定年制をとる企業の割合は26.6%(全業界平均16.4%)、66歳以上とする割合が一番大きいのも宿泊・飲食で3.2%(全業界平均1.4%)。つまりこの業界は全業界中、断トツで定年を高齢に設定されています。健康寿命も延び、年金支給開始年齢も延びていることを考えると、この業界は高齢迄スキルを活かして長く働きやすい業界と言えます。
定年後の仕事内容は
定年後の勤続制度は大きく2つあります。定年後、役職や賃金の大きく変わらない「勤務延長制度」がとられれば仕事内容もあまり変わらないでしょう。この制度が適用されるのは、GMや料理長などの運営幹部が多いです。ただ、慢性的な人手不足に陥っている宿泊・飲食業は、定年制自体定めていない企業の割合が13.4%(全業界平均4.5%)と、全業界中でもずば抜けて高くなっており、上記のような幹部メンバーでなくても減額のないまま、あるいは減額の少ないまま勤務延長されるケースもあり、他業界よりは定年後もそれなりの報酬が望める可能性の高い業界と言えるでしょう。
しかしこの業界でも、多くの人は定年後、「再雇用制度」がとられます。期間や雇用形態に決まりはありませんが、一般的には1年間の有期雇用契約で、嘱託、契約、パートでの勤務となります。再雇用制度の業務内容は、年齢に見合った業務、つまり体や精神面に負担のかからない業務を課されます。一度退職して、雇用契約条件を新たに結びますので、役職は無くなり、給料も大幅に減ることがほとんどですが、その分職責や体力仕事が減ります。高齢者でも活躍できるポーターとなったり、館内の安全を守るため監視室で座っての業務を任されたり、フロントであれば、C/I、C/O等のPC処理や顧客対応スピードの求められる日勤から夜勤専属となったり。事務処理スピードや柔軟な思考、発想に衰えが無ければ、管理部やその他の部署でも引き続き同様の事務仕事が任されるでしょう。店舗のターゲット層によりますが、バーテンダーのようにベテランであればあるほど豊富な知見と渋い容姿を生かして続けられる仕事もあります。
尚、厚労省の継続雇用の賃金別企業割合(※2)では、再雇用制度で継続雇用されても、定年退職時と同額賃金の措置をとっている企業の割合として宿泊・飲食業は、運輸・郵便業(29.9%)、医療・福祉(26.3%)に次いで3番目の24.5%(全業界平均15.2%)と、賃金が減らずに退職まで勤続しやすい業界となっていると言えます。
長く働ける宿泊業界の課題
定年制度を設けていない企業の割合が高い事と、高齢の定年設定で長期間働きやすい業界であると同時に、課題とされる現実もあります。それはもともと非正規雇用者の割合が高い業界ということです。正社員の割合が3割以下という企業も多く、定年設定が高いと言っても勤める全社員の多くは若い時から非正規として勤めていることや、この度のコロナショックを直接的に受けたことで、更なる人件費の削減と雇用の流動化を高めるため、正社員の採用は慎重になっていくでしょう。又、この業界は年功序列体質にあり、特に地方の宿泊施設では、技術と経験を持つ熟年者の損失はサービスに大きな影響を与え、また人間関係や当時からの会社の慣習もあいまって、定年後は再雇用でなく勤務延長とする傾向に繋がったと考えられます。結果、若手の報酬を引き上げる余裕が無い為、若い人材の確保が更に困難となり組織の活性化が鈍るという問題です。実際、宿泊業は他業界に比べ20代で離職する割合が高いことも事実です。一番大きな理由は報酬の低さですが、社内で何をしているかよく分からないのに、高報酬をもらい偉そうにしている先輩社員の存在が若者の離職に拍車をかけます。もちろんこれは、どの業界でもありうる光景ですが...今後は、定年の引き上げによって役職の空きが出ないことによる、昇進待ち社員の渋滞や昇給の遅滞が懸念されます。
お客様の笑顔や喜ぶ姿を見ながら高齢まで勤められるのは、宿泊業の醍醐味ですが、そのやりがいのみに満足したり、業務のルーティン化による慣れに漬からずに、より高い報酬の享受を目指すには、新たなサービススタイルの創出や若いうちからのキャリアデザインが必要となります。
進化する働き方とサービススタイル
冒頭に紹介した飲料メーカーの「45歳定年制」の導入というのは、45歳で首切りという意味ではありません。65歳まで原則希望者は継続雇用義務がありますし、公的年金の支給開始も65歳に引き上げられているため、経営者にとって人件費の大幅な削減は容易ではない中でこの提言の趣旨は、勤続年数に比例し自然と給料があがるシステムは打ち止めにし、第2のキャリアへ移行する選択肢もとれるよう、リカレント教育(社会人の学び直し)も早い段階で始めよう、というものです。
若いころは薄給で奉公し、中高年で賃金が上がり始める宿泊業界でも、今後はデジタルを上手く活用し、賃金も経験年数だけではなく能力に応じ設定するなど、給与カーブの設計を含む報酬制度の見直しをせざるを得なくなるでしょう。例えば、フロントや経理、宴会サービスは40歳まではスキルアップが見込め昇給に見合うが、それ以降はマネジメントスキルも兼ねている、とかデジタルリテラシーが高い、とか、マルチタスク(他部門の業務も兼務)にもすすんで取り組む、など、自身も進化していかないと評価されなくなります。定年という制度自体が、能力を軽んじた年齢による差別、という見方も生まれています。
宿泊業界でキャリアアップしていくのであれば、施設のタイプによって提供するサービス価値や習得できるサービスクオリティが多様化していくことや、グループや地域によって、昇進・昇給のスピードも全く違うことを認識することが大事です。そして、自身のキャリアデザインが達成できるホテル・旅館を選ぶことです。将来どんな宿泊施設のどんなポジションで何歳まで働きたいのか。その為にはどんな能力を磨き、どのようなサービスが提供する必要があるのか。職人レベルの一流の技術の習得が必要な場合もあれば、ダブルワークで強みの数を増やす手もあります。
今はオンラインで、無料や低額で何歳からでも学ぶことが可能な時代となりました。それらも活用し、定年を含めた働き方とサービススタイルの動向を踏まえ、キャリアデザインを行っていただきたいと思います。
参考資料
※1 厚生労働省 就労概況 定年制等 H29年(2017年)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/17/dl/gaiyou02.pdf
※2 厚生労働省 就労条件総合調査 定年制等 H29年(2017年)
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450099&tstat=000001014004&cycle=0&tclass1=000001113435&tclass2=000001113437&stat_infid=000031692614&tclass3val=0